
Artist's commentary
彼女とLeicaと
「プロデューサーさん、少しお散歩に行きませんか?」休憩時間中、そう言ってきたのは入社一年目の高森藍子だった。「外は寒いですね」もうこの時期になると外はすっかり冬空である。ちょうど近くの公園まで来たところで自販機があったので缶コーヒーを買うことにした。一本おごるよ、と言うと最初は遠慮していたが、最近頑張っているからボーナスだと言い張ると照れくさそうに「じゃあ…ココアで」と言った。彼女をおいて一人自販機へと向かう。ガコン!と豪快な音をたてて自販機がはきだした2本の缶をもって彼女の元へ戻ると、なにやらこちらに背を向けカメラを構えている。声をかけようかと思ったが邪魔をするのも悪いと思って近くのベンチに座ることにした。買ってきたココアをベンチの上に置いて自分はコーヒーをすする…つもりだったがコーヒーが予想以上に熱かった。不意に声が出てしまう。流石に彼女もこちらに気がついたようだった。「ごめんなさいっ!せっかく買ってきてくれたのに…わたし集中すると周りが見えなくなっちゃって…」いやいやこっちこそ邪魔して悪かった、と謝り彼女にココアを渡す。「ありがとう…ございます」彼女もベンチに座りココアを飲み始めた。聞けば彼女は写真を撮るのが好きらしい。「目に付いたもの、面白いもの、大切なもの、いろんなものを撮って残しておくんです。わたしの"今"は止まることなく移り変わっていくけど写真になら残しておける。それってすごい素敵なことじゃありません?」なるほど、今まで写真をそう考えたことはなかったな。彼女の考えに感心しつつコーヒーを一口。うん、さっきほどは熱くない。ふぅ、と一息ついていると隣からパチリ、と音がした。振り向くと彼女が慌てた様子でカメラを構えていた。今度はなにを撮ったの?と聞いた。すると彼女は頬を赤らめながら「た…大切なものです」と答えた。ゆるやかな"今"の中で彼女が持つそのカメラにはLeicaの文字が光っていた――