
Artist's commentary
悪いドラゴンを倒してお姫様とハッピーエンドだ!
第2幕→pixiv #70251011 »
○
白いドレスに花の冠。
今の「私」の格好は、お姫様よりも花嫁のほうが近いかもしれない。
輿に乗せられ、大勢の人に担がれて街をねり歩く様も、どこか結婚式を思わせる。
行列の向かう先だって神殿だ。――今は瓦礫の山だけれども。
だけど私は花嫁ではなく生贄だ。
悪しきドラゴンへ生贄として捧げられるお姫様。それが私の「役」だ。
周りの大人たちは皆うきうきしている。
これから始まるのは楽しいお祭り。竜退治の舞台劇。
手にした棒切れを伝説の剣に見立てて、早くも竜退治の英雄になりきっている。
けれど、
私は胸に手を当てる。何千人分もの熱気の中で、調子っ外れだったはずの私の心臓は気味が悪いほどに落ち着いている。規則正しい鼓動はむしろ心臓のほうが私を気遣っているようで、自分の胸の中にあるそれがまるで自分のものではないかのような、そんな気分にすらなる。
そしてそれが、私にこれからの事を確信させる。
予想でも予感でもない。根拠なんかどうでもいい。そんな確信だ。
思い出されるのは、翡翠の瞳。
暗闇の底で助けを求めた時に伸ばされた手、覗き込む瞳。
神様にしか見えない悪魔。悪魔としか思えない神様。
それはきっと、直視してはいけなかったものなのだ。
一際大きな歓声。行列がついに目的地に辿り着いたのだ。
青く輝く湖を臨むナーガ神殿。すすけた瓦礫の山と成り果てたかつての白い威容は、せめてもと街の人たちによってたくさんの花で飾られている。
かろうじて原形をとどめている神殿入口の大階段に、騎士団を従えたマルス王子が待っていた。
舞台の役者なんかじゃない、本物の「竜殺しの王子」。
その青い瞳が、こちらを見る。街やお店で見かけた時のような、悪戯っぽい笑顔。
私は、どんな顔で応えればいいのか分からなくて
とくん、
心臓が鳴った。まるで励ますように。背中を押すように。
だから私は、慌てて周囲を見回した。
きっと、あの翡翠の瞳がどこかでこちらを見ているに違いなかったから。
*「竜殺しの王子」のフェイズ
「市民諸君! 今日は良く集まってくれた。伝統の英雄祭を開催できたことを心から嬉しく思う! だが我々の現状は厳しい。ドルーアとの戦い、そしてアカネイアの侵攻、我々は多くのものを失い、傷ついた。それでも今日という日があるのは、諸君らが決して希望を捨てず、辛い日々と戦い続けたからだ。王族の者として、諸君らを誇りに思う。だから今日という日は、諸君らの勝利の日としたい。諸君らの喜びの日としたい。我々は誰の支配も受けない。今日我々の祭りを行い、竜退治の舞台劇を我らがナーガ神に捧げることで、大陸中にその事を伝えて欲しい!」
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
「――ありがとう。だが、アカネイアによる侵略と支配によって、諸君らが心血を注いだ舞台の準備はそのほとんどが失われてしまった。舞台装置も衣装も無い。小道具と言えるものは諸君らそれぞれに用意してもらった棒切れ一本。何より去年の英雄役、つまり今年のドラゴン役をはじめ、何人もの演者が既に帰らぬ者となってしまった。竜退治の舞台劇は諸君ら市民のものであって王族である僕には取り決め上関与ができないが、今この場で僕にしかできないことが一つだけある。そう、ドラゴン役の「代役」の任命だ。そこで市民諸君に改めて提案したい! 僕が任命するドラゴン役と諸君ら全員で、すべて即興による筋書きの無い竜退治の舞台を今この場で行ってはどうか! 諸君らはドラゴンと戦う勇士となり、姫役を悪しきドラゴンから守ることが使命となる。かねての通達のとおり、夕刻の鐘の時点で姫役の身柄が諸君の下にあれば諸君らの勝利だ。その場合は姫役が決めて祝福の口付けを与えた者を今年の「英雄」とする。また、夕刻の鐘の前にドラゴン役が頭に頂く冠を奪う事ができた場合は、その時点で竜退治が成されたものとして奪った者を英雄とする。だが夕刻の鐘までに冠を奪えず、かつ鐘が鳴った時点で姫役の身柄がドラゴン役の下にあった場合は、残念だが諸君らの敗北となる。この舞台劇に約束された勝利は無い。可憐な姫を守り、竜退治の物語をナーガ神に捧げる事ができるかどうかは諸君らの勇気にかかっている! これは言うなれば喧嘩祭りであり、僕から市民諸君に対する挑戦である! さあ、この僕の挑戦を受けるや否や! 我こそは竜退治の英雄たらんと欲する者は声を上げよ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
「よろしい! ならば今日の僕の役どころはドラゴンを操り世の支配を目論む邪悪な魔法使いだ! さあ出でよ古の偉大なる竜。我に玉座を与えるならば、可憐なる姫はお前にやろう!」
「えっと・・・」
「うお・・お?」
「・・・こほん。――人間どもよ! 小さき者どもよ! そのなんと勇敢なる事か! そしてなんと愚かなる事か! 麗しい姫を守るため、この我に立ちはだかるとは!」
「・・・お? お、お」
「我を恐れぬと言うか! 我を倒すと言うか! 面白い、ならばその小さき身で足掻いて見せよ! お前たちの姫を守り抜いて見せよ! そしてこの我を楽しませてみせよ! さすればこの我――」
「お、お、お、おいおいおいおいおい」
「――神竜族が王女、チキがあなたたちの相手になろう。」
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいちょっと待て、待てコラ何がドラゴン「役」だ本物じゃねぇか何考えてんだテメエぇえ!!?」
「いや、君たち全員を相手に取っ組み合いの喧嘩ができるのなんてこの子しか居ないし。大丈夫。全力で手加減はするから命の心配はしないでいい。ただし勝負は勝負だから頑張らないと勝てないよ。」
「ふ、ふざけんな、こんな化物相手に棒切れ一本でどうしろってんだ! 勝負もクソもあるかぁ!!」
「確かにこの子はメディウスにも匹敵する力を持ったドラゴンだ。まともに戦えば兵士千人で鱗一枚がいいところだろう。だがこの僕らの祭りの、君たちの舞台の上であれば、君たちの力でもこの子に勝つことはできる。最後まで諦めさえしなければ、間違いなく勝機はある。それはこの僕が保証する。そして物語のお約束として、竜の力を得るにはやはり竜と戦い打ち勝つ事が必要なんだ。アリティアという竜退治の伝説が生きる国に住まう者として、どうかこの子に人間の意地と気合いを見せてやって欲しい。」
「・・・マジか。まさかマジなのか。ってか今サラッととんでもない事を言わなかったか!?」
「騙したみたいで悪いけど、まぁお祭りだからね。盛大にいこう。」
「じょ、冗談じゃ・・・」
翡翠の瞳が、私を見た。
縦に裂けた瞳孔。竜の瞳。
神様としか思えない悪魔。悪魔にしか見えない神様。
私なんかよりずっとお姫様っぽい少女は、けれど間違いなく本物のドラゴンで、
ならばきっとわたしも本物の、生贄に捧げられるお姫様。
震える心に、私の心臓がようやく高鳴り始める。
私の視線の先でマムクートの少女が笑った。マルス王子みたいに、悪戯っぽく。
(続く)